書評:『北谷町史 第5巻 北谷の戦時体験記録』
 北谷町史編集委員会編 北谷町役場 1992年

 本書は、北谷町史第5巻資料編4にあたり、790ページの上巻と332ページの下巻とで構成されている。上巻には、152人もの戦時体験記録が、各字ごとに県内・県外(本土)・国外の順にまとめて収められている。北谷町は米軍上陸の地であり、したがってその体験記録には興味深い証言がいくつもある。中でも、丸太で米軍戦車を防ごうとした話や竹細工でオトリの飛行機を作った話は、今でこそ笑い話だが、そうした日本軍の作戦のもとに20万余の人命が無惨にも失われたことを考えると、暗然たる思いになる。
 下巻は、字別の地図と戦災調査一覧表が中心である。また、巻末には戦時年表・索引があり、読者の理解の助けになっている。約150ページにわたって延々と続く沖縄戦時中の家族・戦災調査一覧表、移民・出稼ぎ家族・戦災調査一覧表は、数字の羅列で修辞がない分逆に、誰一人として否定しようのない戦争の真実を訴えている。調査の結果、沖縄戦での犠牲者は1207人(戦死率15.1%)になったという。これは、西原町の戦死率46.9%、浦添市の44.6%と比べ、北谷町の際立った特徴である。
 ところで、県内53市町村のうち、こうした詳細な戦災調査を実施しているのは、この北谷町・西原町・浦添市などまだ一部でしかない。沖縄戦でいったいどれだけの人々が犠牲になったのかは、最も基本的なことでありながら、今だに解決されない問題なのである。文部省による教科書検定での沖縄戦犠牲者数の下方修正は記憶に新しいところであるし、また、現在沖縄県が進めている「平和の礎」は全戦没者の名を刻む構想といわれる。今ならまだ調査は可能である。しかし、それもここ数年が限度であろう。
 「悲惨な戦争体験を忘れては北谷の歴史を語ることはできない」との趣旨のもとに本書は刊行された。そして、これは沖縄の全ての地域にあてはまる想いである。県では平成5年度より平和教育への取り組みがスタートすることになっている。本書のような地域に刻まれた戦争の記録が、教育現場で有効に活用されることが望まれる。

                     1993年2月6日・琉球新報・夕刊


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